2011年05月09日

21stKeynote 110509OAリスト(アイルランドのSSW)

GWもあっという間に終わってしまいましたが、あなたは有意義に過ごすことができましたか?



さて、今日の特集は先月からの続き・・・UKのミュージシャンの続き・アイルランド特集ということになります。



前回ご紹介したように、イギリスは4つの王国の連合国家でそれぞれに文化や方向性に違いがあります。より自分たちのルーツであるケルト音楽に向かうスコットランドと、より外へ外へ・・・つまりアメリカへと向かっていって、モッズに代表される若者文化を形成していくイングランドのミュージシャンまでご紹介したところで、前回は時間が来てしまいました。残りは、北アイルランドとウェールズになりますが、この内ウェールズは後でご紹介しますので、Part-1では北アイルランド、それから元々は同じ国であるアイルランド共和国の音楽を纏めてご紹介していきます。



ということでスタートは、アイルランドと言って、この方を差し置いて話を進めるわけにもいかないという、孤高のシンガーソングライター、VanMorrison、1972年の作品、「セント・ドミニクの予言」から、レッドウッド・ツリーです。



Vanmorrison

M: Redwood Tree / Van Morrison



アイリッシュというよりは、ジャズ・R&Bっぽい感じでしたね?彼は北アイルランドのベルファストという街の出身で、60年代、「アイルランドで最初に成功したロックバンド」The Themで名を上げます。しかしすぐそこを辞めて、Themのプロデューサーだったアメリカ人、バート・バーンズの招きで米国に渡って以来、もともと志向していたジャズやR&Bと自分のルーツであるケルティックな要素を融合させながら独自の音楽を作り続けています。



それだけ長い期間やっているといろんなテイストのアルバムがあります。大きく分けて、ポップで分かりやすい作品と、精神性が高くて取っ付きにくいアルバムがありますが、このセント・ドミニクの予言は両方がうまくブレンドされて、Van Morrisonの取り掛かりのツーステップ目にはいい感じです。




イントロとして一曲紹介したところで、アイルランドもちょっとややこしい場所ですので、少しだけ地理のお勉強を・・・



アイルランドはイギリスのグレート・ブリテン島の西側にある北海道位の大きさの島ですが、北部の1/3程が北アイルランドで、今ではUKに組み込まれています。古くからケルト人が住んでいたこの島がノルマン人に侵略されるようになったのが12世紀中頃で、19世紀に入ってすぐイギリスの完全支配下になります。で、それも20世紀に入って、第一次世界大戦後、アイルランド独立戦争が勃発してその結果、経済的に豊かなイギリスに残りたいという北アイルランドと、今のアイルランド共和国に分離しました。



ただ、イギリスに残った北アイルランドですが、それでもイギリスに残るのを嫌う人たちとか、カトリックとプロテスタントという宗教上の対立がからみ合ってドロドロの内戦が勃発し、首都のベルファストは「毎日がテロ」という、そんな時代もありました。勿論、今ではそんな事ないですけど、Van Morrisonさんは、まさにそんな時代のベルファスト出身で、それだけに深い悲しみや怒りを込めた歌が作ることができたのでしょう。



さて、そういう歴史を持つアイルランドは、「熱い魂」を持った人が多い土地柄ですが、続いて、そんな人達をご紹介しましょうか。



RorygallagherHothouseflowers

M: Tattoo’d Lady / Rory Gallagher
M: Find The Time / Hothouse Flowers



まず、Rory Gallagherさんは、アイルランド北部のアルスターという地方でイギリスに加わらなかった3つの州の内、一番西にあるドニゴールという州の出身のブルース・ギタリストです。パッと聞き流すと、初期(クリーム時代など)のEric Claptonとも通じるような雰囲気を感じましたが、私はRory Gallagherさんのほうが、より開放的なイメージを受けました。



このスタジオ録音盤でもかなりギターを弾きまくっていたロリー・ギャラガーさんですが、実はライブ盤のほうが有名で、ヨーロッパツアーとかアイリッシュツアーの模様がそれぞれ大ヒットを記録しています。ちなみに、先ほどクリーム時代のクラプトンに雰囲気が似ていると書きましたが、実際に70年代初期に自身が結成していたテイストというバンドがクリームの解散コンサートの前座をしていたり、その後クラプトンが結成したスーパーバンド「ブラインド・フェイス」のアメリカツアーに同行したり・・・と、浅からぬ関係はあったようです。



ただ、彼はお酒もメチャクチャ飲んだらしく、そのせいで肝臓を壊し、1995年、47才の若さで亡くなってしまいました。ジョン・レノンも彼の才能を絶賛しましたし、ストーンズやディープ・パープルへの参加の誘いが有ったの無かったの・・・と噂もありますし、長生きして、更に米国に渡ったりなんかしていたら、クラプトンと同等かそれ以上のギタリストになってたかも知れません。惜しいことです。



もう一曲のホットハウス・フラワーズ。こちらはアイルランド共和国の首都・ダブリン出身のバンドで、リーダー、リアム・オメンリーのソウルフルなボーカルと、トラッド音楽に根ざした深い音楽性が話題になって、ダブリンでの人気は大したものだった様ですが、そんな彼らを見出してバックアップしたのが、すでに世界的バンドであったU2です。そのおかげもあって、1988年のデビューアルバム「People」のレコ発で早くも来日公演も果たしています。ただ、3rdアルバムを出したところでリアム・オメンリーのお父さんが亡くなって、それをきっかけに5年間活動を休止しまして、さきほどご紹介した曲は復帰第一弾となった1998年の作品「Born」からお送りしました。



何を隠そう、私はホットハウス・フラワーズを、岡山で、生で見ました。ロックやソウルだけじゃなくてトラッドの要素もいっぱいで、ブズーキとかバウロンっていって、巨大なタンバリンの様な楽器とか持ち出してきて、トラッドなダンスナンバーを始めたときには度肝を抜かれましたね。



BTW・・・



イギリスの人たちに似て、アイルランドの人たちも新大陸・アメリカへの憧れは強く、アイルランドにもボブ・ディランのようなフォークソングやポップスを逆輸入したフォーク・ロック系の人たちも数多く居ます。今度はそんなサウンドを二曲ご紹介しましょう。



GilbertosullivanTirnanog

M:Get Down / Gilbert O’sullivan
M:Down Day / Tir Na Nog



ギルバート・オサリバンといえば、私も単にイギリスのミュージシャンと思っていたのですが、Family NameのO’sullivanは典型的なアイルランドの名前です。



O'sullivanの「O'」はゲール語由来のもので、誰々の孫、子孫・・・という意味です。つまりは「サリバン家の子孫」ていうことでしょうか?O'nielle(オニール)さんとか、O'conner(オコナー)さんとかいますよね?勿論、ホットハウス・フラワーズのオメンリィさんもです。余談ながら、MacDonald(マクドナルド)さんのように、Macが付く人も同じ意味だそうです。だからビートルズのPaul MacCartneyさんも祖先はアイルランド系なのかも知れませんね。




本題に戻って、ギルバート・オサリバンといえば、アロン・アゲイン、クレアという本当に美しいナンバーをたくさん作っていますが、これもキャロル・キング/ジェリー・ゴフィン、バリー・マン/シンシア・ウェイルというソングライターへの憧れの影響と言われています。



そして、もう一曲は、Tir Na Nog(ティア・ナ・ノグ)という、アイルランド中部の街、カーロー出身のレオ・オケリーと同じく中部のウィックロー出身のソニー・コンデルの二人が組んだフォーク・ロックDuoのセカンドアルバム「A Tears And A Smile」からお送りしました。



とても美しいギターの音をお楽しみいただけましたが、、イギリス・アイルランド系のフォークロックグループのギターの音は、どれも独特のしっとり感と深みがあります。アメリカのフォーク・ロックに憧れても、どこか影があったり、潤いがあって、どうしてもイギリスの音になってしまう・・・その「なりきれなさ」が魅力なのだと思います。




さて、アイルランドといえば、本当はクラナド(エンヤのお姉さんのバンド)やチーフタンズなど、トラッドバンドを紹介しないわけにはいきませんが、スコットランドの「Fairport Convention」よりもっと民族音楽に近い感じになってきて、さすがに番組全体では浮いてしまうので、あえて避けました。かと言って、全く紹介しないわけにもいかないので、パート1最後では「ケルトの音楽をパンクのハートで演奏する」・・・と言われた「ポーグス」の不朽の名作、「ニューヨークの夢」をご紹介しておきましょう。



The Poguesは、リーダーのシェイン・ムガワン自身が荒くれ者だったり、クラッシュのJoe Strumarとのコラボレーションがあったりしてパンキッシュと言われる所以ですが、この曲の美しさは格別です。



Pogues

M:Fairlytale of New York / The Pogues



この曲は、二人の男女が、ニューヨークにやってきた若い頃の、夢と現実のギャップに幻滅して荒んだ日々を回想している歌なんですが、アイルランド人達が、極度の貧困の中から海外に渡って行った歴史を思うと、涙なくして聞けない名曲です。



映画タイタニックを見るとわかりますが、タイタニック号が建造されたのがベルファストの街で、つまりアイルランドの人が作ったわけです。そして米国に渡るために、その貧しいアイルランド人がなけなしのお金をはたいて、たくさん三等客室に乗っていたのですが、沈むときにはほとんどが助けてもらえなかった事実があります。



夜な夜な、客たちがアイルランドの伝統的なダンスミュージックであるジグとかリールで楽しんでいるシーンなんて、あとの悲劇を知っているとすごく悲しく見えましたよね?それ以外にも、アイルランド人の祖先は、常にイングランドやノルマン人に侵略された歴史があって、それでも音楽を心の糧に頑張ってきた国民性のせいでしょうか?哀愁があって、抗いきれない魅力に満ちています。



☆Part-2☆



ここではイギリスとアイルランドを紹介し終わって、残りの「ウェールズ」出身の方をご紹介します。



ウェールズはUKを構成する王国の国旗を組み合わせて作った「Union Jack」にも反映されていないなど、どうしても陰が薄いのですが、その理由はここでも歴史のお勉強をする必要があります。



最初にイングランドとスコットランドが連合したのが17世紀初め、北アイルランドが加わって今の形になったのが19世紀初めですが、ウェールズ地方はすでに13世紀末にはイングランドに組み込まれていて、「独立国家であった」事自体が忘れられがちです。



そんな歴史の上に、面積的にも小さいウェールズ(四国民はなんだか親近感がわきますね・笑)ですので、なかなか有名なミュージシャンがいませんが、ひとり、いらっしゃいました。ビートルズのアップルレコードからポール・マッカートニーの肝いりで大々的に売りだされた歌姫、メリー・ホプキンさんです。



デビュー曲からポールのプロデュースを得て全英No.1を獲得しますが、3作目に、ドリス・ディで有名な「ケ・セラ・セラ」を、ポールが腕によりをかけて上質なポップナンバーに仕上げたものの、「気に入らない」・・・と発売に対してNoと言ってしまったんです。



当然ポールも怒りまして、それ以後、彼女のバックアップをしなくなってしまったとのですが、後に結婚することになるトニー・ビスコンティのプロデュースで制作した、Appleでの二作目、トラッド色の強いアルバム「大地の歌」が彼女なりの理想的な音楽だったと話しています。ポール・マッカートニーを敵に回してまで自分の音楽にコダワルとは、なかなか骨のある女性ですね。



そのメリー・ホプキンのアルバム「大地の歌」から、アメリカでのシングルカット曲「Street Of London」をお送りしました。



Maryhopkin

M:Street Of London / Mary Hopkin



☆Part-3☆

今日はお誂え向きにイギリスからの新譜をご紹介します。



昨年の10月に本国イギリスでデビューして、チャートは初登場で3位。日本でも輸入盤で大層話題になっていましたが、3月に正式日本デビュー。そして、ファーストシングル「Slow」がヒットしておりました、「Rumer(ルーマー)」という女性シンガーです。

あのバート・バカラックが「無駄な装飾やディーバ・トリックを使わずに素直に歌うのは素晴らしい。ルーマーは、聞く人に何かを届けられるシンガーだ」と・・・べた褒めですし、イギリスの新聞「ガーディアン」はキャロル・キングや
カレン・カーペンターを引き合いに出して、彼女たちを彷彿とさせる・・・と。早速レコード室から引っ張りだしてきて聞いてみたところ、これらの言葉には嘘はありませんでした。



ともあれ、途中のフリューゲルホーンの入り方も、絶対にカーペンターズを意識しているはずと思わせる、3rdシングル「Am I Forgiven」をお聴き頂きましょう。



Rumer


Rumer/Seasons Of My Soul

WarnerMusicJapan:WPCR-13994
2011.3.9.リリース
Warner Music Japanによる公式サイト


ということで、今夜も21stKeynote、お楽しみ頂けましたか?



次回は年5月9日月曜日、夜9時にお会いしましょう。暫くイギリス系の音楽が続きましたし、梅雨を前に、6月はカラッカラに乾いたアメリカンロックをお送りします。お楽しみに
posted by FM香川 at 13:17| Comment(0) | 蒲野 誠一 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする