2016年10月18日

【ある日の瀬戸芸(小豆島編)】★ナカイ★


🚢🎨〰 瀬戸芸2016秋会期真っ只中。
皆さんは、もうどちらかに行かれましたか?
私は・・
実は秋会期スタート直前の小豆島、高見島(夏は粟島)に
行っておりました。(ブログUPが遅くなってしまいました〜;;)
自身で撮ってきスポット、フラッシュでお見せします✌
〰〰〰〰〰〰 小豆島編 〰〰〰〰〰〰
10月2日(日)
の日午前は仕事で早々に池田港入り。
サイクルロードレース.jpg
目的地「小豆島ふるさと村」に入ると・・
「うん?」サイクリストたちが大勢集結しています👀
センチュリーライドステージ.jpg
な~るほど、ちょうどこの日は
島内海岸線を一周する、「さぬきセンチュリーライド」の
レース当日だったのダ

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打ち合わせを終えて・・
午後からのアートツアーに合流するまでには少々時間があると
いうことで、午前のクライアントであるHさんが、
午後からとは違うコースの瀬戸芸スポットに連れていってくれました。
国境を越えて・潮.jpg
嬉しい!
自分ではなかなか回れそうになかった、小豆島の北側エリア。
大部(おおべ)地区のビーチに196体の子供の像が設置されています。
作品:「国境を越えて・潮」 
作者:リン・シュンロン(林舜龍)
夏会期から登場しているこちらは、月日も経ち
波に洗われて、刻々と姿を変えています・・

〰〰〰〰〰午後は「三都半島アートツアー」〰〰〰〰〰
🚢 午後1時。高速艇で土庄港入りした、高松からのアートツアー一行と合流。
        💨 

マイクロバスに分乗して、まず向かったのは・・
新小豆島中央高校.jpg


新小豆島中央高校2.jpg
 来年四月の開校に向けて、現在建設工事中の
小豆島中央高校工事現場(壁面)アート
            ↓
ドデカボチャ.jpg
アーティストのフォローもカボチャもなんでもござれ!
小豆島の有名人、矢田さん。
ちょうどこの日の1週間前くらいに決定した
今年のドデカボチャ大会の出品作品も少し残っていました。
見学→腐りかけていた別のカボチャは
「解体ショー」状態で見学。
解体後.jpg
ちょっとシュールな解体後の姿;
中はほぼ空洞状態でした。
貴重な体験やワア💦
           ↓
境界線の庭.jpg
次に訪れたのは
作品:「境界線の庭」
作家:土井満治
山と海の境界線を暗示しているそう。
           ↓
怪物の少年U.jpg
作品: 「怪物と少年U
    この彫刻は一万年の生命を持ち
    ヒトの一生の間には10mほど歩くV」
作家:伊東敏光
           ↓
潮耳荘.jpg
作品: 「潮耳荘
作家: 伊東敏光+康夏奈+広島市立大学芸術学部有志
           ↓
中山千枚田.jpg
一昨年、「勝手にシママニア」イベントでもお邪魔した
中山地区の千枚田。
この時点(10月上旬)では、稲刈り済み、これからの
比率が半々くらいでした。
           ↓
中山農村歌舞伎リハーサル.jpg
一週間後に控えた農村歌舞伎本番を前に、
出演者の子供たちが、本番さながらの通し稽古中。

ということで、8日開幕を前に、終日いろいろ見て回り、
ざっくり瀬戸芸“通”になった気分。
ごきげんな中井なのでした

・・・・・・・・・・・・次は高見島の巻・・・・・・・・・・・・・・・

posted by FM香川 at 16:24| Comment(0) | 中井 今日子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月11日

【“勝手に夏休み2016”その6】★ナカイ★

【“勝手に夏休み2016”その6(最終回)】
旧東独の旅もいよいよ大詰め。
ベルリンを拠点に最後に訪れたのは、我々日本人にも
関係の深い場所・・。
ぜひ歴史をなぞりながら、重みを感じてくださいね。
       💨 
ポツダムに入る前のゲリニケ橋(旧西ベルリンから旧東ベルリン)へ.jpg
目的地に入るにはこの橋を渡ります・・
名前は「グリーニカー橋」
旧西ベルリン⇔旧西ベルリンまさに境となった場所。
1961年にベルリンの壁が築かれて以降、ここが
ベルリンで一番厳しい検問所となり有名になりました。
ここが特別だったのは、東西のスパイの交換所だったこと
東西両政府がここで交換したスパイは、38人を数えたそう。
“スパイ橋”との異名を持つほど、スパイ小説の舞台とも
なっている場所です。
       💨
橋を越えて向かったのは・・・
目的地(ツエツイリエンホフ)近くの案内板.jpg
世界の歴史を大きく動かした、ツエツイーリエンホフ宮殿。
👣 👣 👣 👣 👣 👣 👣 👣 👣 👣 💨  
林を歩いて進むと・・
ツエツイーリエンホフ宮殿1.jpg
見えてきました、入口が。
あれれ?「宮殿」というには結構質素??
宮殿自体は英国風マナーハウス的な素朴な作りです。
さらに前方へ〜
ツエツイーリエンホフ宮殿2.jpg
日本では、あのポツダム会談が行われた場所として有名ですが
そもそもは、当時のドイツ皇太子のために建てられたものだったとか。
中はすっかり観光客の為の資料館、記念館の態。
社会の教科書で見た!.jpg

数々の会談の舞台となったこの地に関する歴史的写真.jpg
数々の対談、会談、密約が交わされた現場・・
歴史的顔合わせ.jpg
スターリン、トルーマン、チャーチル!!
社会科で習った巨頭たちの写真に感慨ひとしお。
ポツダム宣言もここで考案された!.jpg
あまた戦後処理や重要事項がこの円卓の上で決められていきました。
実際、ここにトルーマン、チャーチル、スターリンの3人が座り
戦後処理を決する会議がなされ、その4日後、広島に原爆が投下
されたことを思うと、“ズン”と重くのしかかるものが・・💧 
裏庭の赤い★の花壇.jpg
中庭には赤星マークの花壇が。
(赤い星は“ソ連”を表しているとか。)
壁面デザインも印象的 観光客も多い.jpg
世界中から観光客も訪れます。
       💨 
重みを感じる観光スポットを後に、次なる場所
サンスーシー目指してバスを走らせます。。。
サンスーシー入口.jpg
サン・スーシー宮殿前にある大きな風車👀
宮殿完成後、あまりに宮殿真ん前で景観を損ねると
取り壊されるところを、所有していた農夫の、
「生活を壊さないで;」との陳情を受け入れ、
王はこの風車を残したという“深イイ”話が残っています。
👣 👣 👣 👣 👣 👣 👣 👣 👣 →
風車側を通りサンスーシー敷地内へ・・
サンスーシー1.jpg
黄色味を帯びた優しい色調の宮殿。
サンスーシー2.jpg
「サン・スーシー宮殿」は、
首都ベルリン南西約30km。
ブランデンブルク州の州都ポツダムの西に広がる
サン・スーシー公園北東部に建つ、ロココ調の宮殿です。
壁面や屋根の装飾jはそれほど華美ではありません。
※サン・スーシー(Sans Souci)とは、フランス語で
「憂いなし」という意味だとか。
       💨
帰りには新宮殿にも寄ってみました。
新宮殿も見学.jpg
こちらも美しい、新宮殿の外観。
新宮殿敷地内.jpg
敷地内に点在する敵視的建物・・
豪華な宮殿内2.jpg
宮殿内の調度、装飾品の数々にうっとり
豪華な宮殿内1.jpg
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いろいろあった8日間、あとは帰りの移動のみ;
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思えば今回も気付きも実りも多い旅だった。
それまで、旧東というと“暗い”“遅れている”?という漠然とした
思いを抱いていた無知な自分を猛省;;
むしろ、政治・経済・文化レベルの非常に高いエリアであったこと、
そして人々がそれを誇りに思い、大切にしていることを、
あらためて、今回の旅で教えられることとなりました。

旧東独逸は、かつての戦争で広く爆撃を受け多くを焼失した
悲惨な過去を持つエリアですが、東西統一後は
西側からの巨額の予算がそのエリアのインフラ整備に注がれ
急速に復興がなされています。
その対応の速さ!そして、旧い歴史的価値のあるもので
修復可能なものはとことん元の形に、
ダメなものは完全にスクラップ&ビルドで、むしろ
“共存の美・共存の妙”で特化していくというビジョンには
目からウロコ!
各地で、旧いものと近代的(時に未来的ですらある)な
個性的な建物が混在し、それでいて不思議な調和を醸すような
斬新な発想は、景観条例で、ただレトロな統一感にこだわる、
我国にもありがちなまちなみ保存より、ずっと興味深いと
いうことを感じさせられました。
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行って・観て・聞いて初めてわかることの、なんと多いこと
だから今回も最後はこの言葉で。
『命短し、旅せよワタシ』
長期のお付き合いに「ダンケ・シェーン」
有難うございました。
〜勝手に夏休み2016〜 完























posted by FM香川 at 21:18| Comment(0) | 中井 今日子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月09日

【“勝手に夏休み2016”その5後半】★ナカイ★

〜 5日目ベルリン後半 〜
国会議事堂周辺を散策後は、いよいよベルリンならではの場所へ。
東西の壁で分断されていた歴史的な場所、その跡を辿ります。
ブランデンブルク門.jpg
連邦議事会議事堂(国会議事堂)から歩いて戻り
やってきました、ブランデンブルク門。
1791年に建造されたもので、まさにこの近くに
東西の壁が造られたことにより、東西分裂時代は
門を通行できませんでした。
説明の看板.jpg

説明版2.jpg
かつての壁が、この周辺にどのように
張り巡らせていたのかを説明した立て看板。
ちなみに、この看板があったのは旧東側の広場。
(※ベルリンの壁Berliner Mauer)は、

第二次大戦後,に敗戦国ドイツの首都ベルリンが

東西に分割され、1961年夏に突然西ベルリンの

周囲を取り囲む形で建設された壁。

この壁はドイツ分断と東西冷戦の象徴とされ、

あまた悲劇の現場ともなった。)

その後、少し移動し、壁を間近に見る・・・👀

壁跡地.jpg

壁の断面.jpg

横から断面を見る・・幅は場所によって15〜30cmくらい。

たかだかこれだけの厚みで、民族が分断されていたとは!!

東西をまたぐ.jpg

27年前までは、右足と左足が別世界だった💦

壁の跡は、いろんな形でその場に遺されています。

悲劇の象徴、その記憶を風化させないために・・。

ゲシュタポの詰め所跡地.jpg

向こうに見えるのは、かつてのゲシュタポ詰め所跡。

ゲシュタポ詰め所跡2.jpg

かつては小部屋に分かれていたであろう所が
ブース状になっていて、歴史的写真や新聞記事などが

展示されています。記念館というほどでもない、
半屋外の掲示板というかんじ。。

        💨

バスで少々移動して向かったのは「イーストサイドギャラリー」。

壁画2.jpg
一般的にイメージする「壁」というとこんな感じでは?

こちらはシュプレー川のすぐ隣のミューレン通りにあり、
ベルリン屈指の観光スポットになっています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
オープンギャラリーとして開放された壁には、世界中の
アーティストに描かれた作品が並んでいます。

(富士山モチーフの日本人の作品もあったよ!)

中でも一番人気(?)有名なのはこちら

壁画1.jpg

なんとな!
二人のオジちゃんが熱烈キスを交わしている絵が

旧ソ連のブレジネフ書記長と旧東ドイツのホーネッカー書記長の
キスシーンで、「兄弟キス」或は「独裁者のキス」と
呼ばれているとか;

        💨

いちいちバス移動ですが、この辺りは市内をグルグルしているだけで;

ホロコースト犠牲者たちの墓地をイメージ.jpg

再度ブランデンブルク門近くまで通りかかった際に見えた

長方形のコンクリート群、「ホロコースト記念碑」。
虐殺されたユダヤ人のための慰霊碑群だそう。
地下には情報センターがあって、部屋ごとに強制収容所で
亡くなった人々の身元が展示されているそうです。
見聞きすると観光気分は一蹴されますが、見ておくべき
(知っておくべき)場所のひとつでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この日再び、目抜き通りのウンター・デン・リンデンから
移動中に見えた美しい大聖堂。

DSCF3028.JPG

「ベルリン大聖堂」

プロテスタントの教会としては、ドイツ最大とか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後に立ち寄ったのは「ベルリン絵画館」

カメラOKでしたが、まあ中を撮るのはほどほどに😖
ベルリン絵画館2.jpg

ベルリン絵画館1.jpg

名画の前で一休み;.jpg

名画に囲まれ、癒されたひととき・・

この日のホテルベルリンのインターコンチ.jpg

この日のホテルはBerlin Intercontinental 
観光最終日となる翌日に備え、早めの入りでした〜。

“勝手に夏休み2016その後後半”終了
〜to be continued〜





















posted by FM香川 at 16:25| Comment(0) | 中井 今日子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする